ASH2016速報

Oral Session

発作性夜間ヘモグロビン尿症患者のT細胞トランスクリプトーム解析による新規シグナル伝達経路の発見
T Cell Transcriptomes from Paroxysmal Nocturnal Hemoglobinuria Patients Reveal Novel Signaling Pathways
Kohei Hosokawa, et al.
Hematology Branch, National Heart, Lung, and Blood Institute, National Institutes of Health, Bethesda, MD

Kohei Hosokawa先生
Kohei Hosokawa先生

背景・目的

発作性夜間ヘモグロビン尿症(PNH)と再生不良性貧血(AA)は、互いに密接に関連した骨髄不全症候群であり、AAではT細胞介在性の骨髄造血幹細胞の傷害機序が想定されている1)。AAではGPIアンカー型膜蛋白欠損細胞(PNHクローン)が末梢血に存在した場合に免疫抑制療法が奏効しやすいことが知られている2-4)。また、HLA-DR2の保有頻度がAAに比べてAA/PNH患者で高いこと5)、PNH患者ではオリゴクローン性のT細胞レパトアが認められることが知られている6,7)。 しかし、PNH患者のT細胞における免疫応答異常の詳細な分子メカニズムについては十分に検討されていない。そこで本研究では、骨髄の造血幹細胞の免疫標的に関連した分子メカニズム異常を同定することを目的に、PNH患者および健常者から採取した末梢血T細胞サブセットのRNAシークエンス解析によりトランスクリプトームの比較検討を行った。

対象・方法

PNH患者15例および年齢がマッチした健常者から末梢血を採取し、実験に使用した。4種類のT細胞サブセット(CD4+ナイーブT細胞、CD4+メモリーT細胞、CD8+ナイーブT細胞、CD8+メモリーT細胞)を採血同日にセルソーターを用いて単離した。それぞれのT細胞サブセットからRNAを抽出した後、RNAシークエンスを実施し、遺伝子発現プロファイルを比較検討した。トランスクリプトームのパスウェイ解析には標準的なシグナル経路分析法とGene set enrichment analysis(GSEA)を用いた。RNAシークエンシングの結果はフローサイトメトリーとRT-qPCR法で検証した。

結果

健常者とPNH患者のCD4+CD8+メモリーT細胞ではナイーブT細胞サブセットに比べてCCR5の発現が亢進していた。また、健常者とPNH患者のCD8+メモリーT細胞ではCD8+ナイーブT細胞に比べてEOMES発現が亢進していた。これらは細胞分離方法の正確性を示しているが、それぞれの発現量は健常者とPNH患者で差は認めなかった。
PNH患者と健常対照との発現比較では、4種類のT細胞サブセットで55種類の遺伝子発現に有意差が認められ、そのうち41種類の遺伝子(TNFAIP3、JUN、JUND、TOB1、TNFSF8、CD69など)はPNH患者で高発現し、14種類の遺伝子は(GIMAP4など)はPNH患者で低発現であった。
シグナル経路分析では、TNFR1、TNFR2、IL-17A、CD27が関与するシグナル伝達経路の遺伝子群の発現がPNH患者のT細胞で亢進しており、それらの遺伝子群がネットワーク的に相互作用して、T細胞の制御に関与する機序の存在が示唆された(図1)
GSEAでは、PNH患者のT細胞サブセットは健常者のT細胞サブセットとは分子的にも機能的にも異なることが示された。
発現レベルが異なる遺伝子群についてRT-qPCR法を用いて検証を行ったところ、TNFAIP3、JUN、TOB1、NR4A2の発現がPNH患者のT細胞サブセットで亢進しており、GIMAP4、GIMAP6、TRMT112、の発現が低下していた。
蛋白発現についてフローサイトメトリーを用いて検討したところ、PNH患者のCD4+CD8+T細胞サブセットでは健常者のCD4+CD8+T細胞サブセットに比べて、TNFAIP3とCD69発現の亢進が確認された。
慢性ウイルス感染症や悪性腫瘍における腫瘍組織浸潤リンパ球ではT細胞機能障害の原因となるようなトランスクリプトーム・シグナル経路の障害が指摘されており、それらの中にはCD69、TNFAIP3に加えてPD-1の発現異常も報告されている8,9)。PD-1は慢性の抗原刺激によってT細胞での発現の亢進が知られていることから、フローサイトメトリーを用いてT細胞サブセットにおけるPD-1の発現を解析したところ、PNH患者のCD4+T細胞サブセットではエフェクターT細胞で、CD8+T細胞サブセットではエフェクターメモリーT細胞で、PD-1陽性率が高く(図2)、感染症や悪性腫瘍におけるT細胞機能異常との病態の共通性が示唆された。

図1 遺伝子発現が亢進していたシグナル伝達経路

図1 遺伝子発現が亢進していたシグナル伝達経路

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図2 T細胞サブセットのPD-1陽性率

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結論

今回の検討から、PNH患者におけるT細胞制御の鍵となる因子やシグナル伝達経路を同定する上で、RNAシークエンスの有用性が示された。
これらの経路について理解を深めさらなる検討を行うことで、PNH患者のT細胞免疫応答を調節する新しい治療戦略の開発につながる可能性がある。

References
1) Young NS, et al. Blood 2006; 108: 2509-2519
2) Yoshizato T, et al. N Engl J Med 2015; 373: 35-47
3) Dunn DE, et al. Ann Intern Med 1999; 131: 401-408
4) Kulagin A, et al. Br J Haematol 2014; 164: 546-554
5) Maciejewski JP, et al. Blood 2001; 98: 3513-3519
6) Karadimitris A, et al. Blood 2000; 96: 2613-2620
7) Gargiulo L, et al. Blood 2013; 121: 2753-2761
8) Doering TA, et al. Immunity 2012; 37: 1130-1144
9) Speiser DE, et al. Nat Rev Immunol 2016; 16: 599-611

監修者のコメント

監修:川口 辰哉 先生(熊本大学医学部附属病院 感染免疫診療部)

PNHは溶血、血栓症、造血不全を主病態とする。エクリズマブの臨床導入により溶血や血栓症は顕著に改善し、その病態理解も深まったが、造血不全はエクリズマブでは改善せず、その病態も謎のままである。古くからPNHと再生不良性貧血(AA)の臨床的緊密性が指摘されており、両者に共通の免疫学的造血不全機序が想定され、PNHクローンはこのような免疫攻撃を回避して選択的に拡大すると考えられている。すでにこれまで多くの研究で免疫機序を示唆するデータが得られているが、多くは細胞傷害性リンパ球の表面形質や機能など細胞生物学的特徴を解析するものであり、網羅的な遺伝子発現解析による研究は認められない。本発表では、T細胞機能に関する遺伝子発現を、最新の解析技術で網羅的に解析し、患者と健常人とで比較検討している。結果に示されたように両者で明らかな遺伝子発現の違いを認めているが、残念ながら現時点では、この違いが造血不全病態にどのように関わるか結論は得られていない。本研究は、造血病態解明の新しいアプローチという点で評価でき、症例の集積やAAでの検証など、今後の研究の広がりを期待したい。

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