ASH2015速報

Poster Session 3608

全トランスクリプトームシークエンス法を用いた発作性夜間ヘモグロビン尿症関連新規経路の同定:PNH顆粒球におけるCXCR2発現量の増加
Whole Transcriptome Sequencing Identifies Novel Pathways Associated with Paroxysmal Nocturnal Hemoglobinuria―Increased CXCR2 Expression in PNH Granulocytes

Kohei Hosokawa, et al.
Hematology Branch, National Heart, Lung, and Blood Institute, National Institutes of Health, Bethesda, MD, USA

Kohei Hosokawa先生
Kohei Hosokawa 先生

背景

発作性夜間ヘモグロビン尿症(PNH)は、血管内溶血、汎血球減少、血栓症を特徴とし、予後不良な後天性の造血幹細胞クローン疾患である。PNHは、X染色体のPIG-A遺伝子の体細胞変異に起因し、その結果、GPIアンカー型膜蛋白(GPI-AP)が欠損する。しかし、PIG-A変異細胞がクローン性に増殖する機序については十分に理解されていない。
そこで本研究では、全トランスクリプトームシークエンス法(RNAシークエンス)を用いて、PNH患者のGPI-APおよびGPI-AP顆粒球で発現量の異なる遺伝子を同定し、その病的意義について検討した。

方法

PNH患者21例、年齢がマッチした健康ドナー18例から血液を採取した。患者およびドナーから、それぞれ4検体を顆粒球RNAシークエンスに、17検体および14検体をフローサイトメトリー法や免疫組織化学法に用いた。また、患者6例から骨髄を採取し、解析に用いた。
まず末梢血からAria IIを用いたFACS(fluorescence activated cell sorting)により、
CD11bFLAER顆粒球およびCD11bFLAER顆粒球を分取しRNAを採取した。各血球のRNAはIllumina TruSeq RNA Sample Preparation Kitを用いて調整し、Illumina HiSeq2000プラットフォーム(PE101シークエンシング法)を用いてシークエンス解析を行った。
さらに、GPI-AP顆粒球で高発現していた遺伝子の中からCXCR2に着目し、蛋白レベルでの発現をフローサイトメトリーや組織染色によって確認した。組織染色は、顆粒球をサイトスピン後に4%パラホルムアルデヒドを用いて固定し、抗CXCR2モノクローナル抗体、
Rhodamine RedTM-X(RRX)抱合ヤギ抗マウスIgG抗体、FLAR liquidを用いて染色し、細胞は共焦点顕微鏡で観察した。
また、CXCR2リガンドの血中濃度測定や、CXCR2のシグナル伝達経路についても検討を加えた。

結果

PNH患者のCD11bFLAER顆粒球ではCD11bFLAER顆粒球に比べて、CSF2RB、ACSL1、FCGR3B、IL1RN、CXCR2、TREM1、TNFRSF10Cなどの遺伝子発現が亢進していた。その中でも、CXCR2蛋白の高発現がフローサイトメトリーで確認された(図1)。
CXCR2高発現は、PNH単球でも認められたが、T細胞やB細胞では認められなかった(図2左)。
一方、CXCR1の発現はGPI-AP顆粒球では亢進していたが、単球、T細胞、B細胞では認められなかった(図2右
PNH患者骨髄の造血幹細胞、造血前駆細胞におけるCXCR2発現をフローサイトメトリーで調べたが、末梢血のようなGPI-APとGPI-AP細胞間での発現差は認められなかった。
PNH患者では健康ドナーに比べて、血漿中のMIF(CXCR2アゴニスト)濃度が高く、GPI-AP顆粒球の増加に伴ってMIF濃度も上昇した。一方、CXCR2下流のシグナル伝達物質では、転写因子であるNF-κBの活性化がPNH顆粒球に特徴的であった。

図1 PNH患者のGPI-AP-顆粒球におけるCXCR2の発現亢進

図1 PNH患者のGPI-AP顆粒球におけるCXCR2の発現亢進

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図2 PNH患者の末梢血球におけるCXCR2、CXCR1発現

図2 PNH患者の末梢血球におけるCXCR2、CXCR1発現

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考察

生理的には、顆粒球に発現するCXCR2(IL-8受容体)にIL-8が結合すると、顆粒球は活性化して遊走する。一方、多様な癌種においてIL-8のようなCXCR2リガンドは、NF-κB、HIF-1a、AP-1などの転写因子を活性化させ、細胞増殖を促すことが知られている。
したがって、CXCR2- NF-κBのシグナルの活性化が、PNHクローンの生存優位の、少なくとも一部を説明できるかもしれない。

結論

RNAシークエンス法を用いた検討により、GPI-AP顆粒球ではGPI-AP顆粒球に比べて、CXCR2遺伝子発現が亢進していた。
GPI-AP顆粒球におけるCXCR2膜発現亢進だけでなく、NF-κBの活性化やCXCR2リガンドの血中濃度上昇を認めた。
これらのデータは、PNHにおける新しい病態発生機序の存在を示唆するものであり、その機序はGPI-APの欠損からは明確に予測できないものであった。

監修者(川口先生)のコメント

補体抑制薬エクリズマブの登場以来、発作性夜間ヘモグロビン尿症(PNH)の溶血病態の理解は進んだが、造血不全の発生病態や、PNHクローンの選択的拡大機序については、いまだ不明である。今年のASHの発表を見てもわかるように、エクリズマブの成功によって、多くの企業が新しい補体制御薬の開発にしのぎを削っているが、これらはPNHにとっては "対症療法"であり、PNHクローンを根絶し、正常造血を回復させるという根本療法には程遠い。このような背景から、本研究は、久しぶりにPNHクローンの選択的拡大機序に分子レベルから切り込んだ、大変興味深い発表であった。CXCR2-NF-κBのシグナル伝達経路の活性化とPNHクローンの生存優位との関連が緊密であればあるほど、新しい治療標的となりうる可能性があり、今後の研究の展開を期待して見守りたい。

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