EHA2016速報

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PNHにおける血栓症:補体と凝固系の相互作用
Thrombosis in PNH: The interaction between complement and coagulation

Consultant Hematologist, Honorary Senior Lecturer and Head of the National PNH Service/Leeds Teaching Hospitals, University of Leeds, UK

Anita Hill先生
Anita Hill 先生

発作性夜間ヘモグロビン尿症(PNH)は、GPIアンカー型膜蛋白の欠損により補体活性化が制御できなくなり、血管内溶血によって臓器障害や血栓症を発症する疾患である。本セッションでは、PNH診療のエキスパートであるAnita Hill先生が、PNHで血栓症が生じるメカニズムについて、補体と凝固系の相互作用の観点から最新の知見を紹介し、その後、PNH診療のポイント、エクリズマブの適応例などについてフロアとの討論を行った。


PNHで血栓症が生じる部位

PNH患者の血栓症は肝静脈血栓症(Budd-Chiari症候群)として見つかることが多く、深部静脈血栓症(DVT)・肺塞栓症(PE)、脳血管障害や心筋梗塞なども一般的であるが、腸間膜静脈、鎖骨下静脈、腋窩静脈などの非定型部位で生じることも少なくない。説明できない、原因不明の血栓症も多い。そのため、原因不明の若年の血栓症の患者で、血栓症の部位が非定型、溶血所見または血球減少が認められる場合には、PNHのスクリーニング検査を行うことが推奨される(表)。

PNHで血栓症が生じるメカニズム

PNHで血栓症が生じる主なメカニズムは、GPIアンカー型膜蛋白の欠損によって補体が制御できなくなることである。補体は3つの経路で活性化される。古典経路、第二経路、レクチン経路のどの経路においても最終的にはC3とC5が活性化され、補体複合体が形成される。この補体複合体が赤血球の膜を攻撃すると血管内溶血が生じる。
赤血球が血管内で溶血すると血漿中にヘモグロビン(Hb)が放出される。遊離Hbは血管収縮、血小板の活性化と凝集、細胞接着分子の発現などを引き起こし、血栓形成が進行する。また、血漿中にアルギナーゼが放出されるとNOが除去され、内皮機能が障害される。
溶血によって赤血球の微粒子が凝固を誘導するメカニズムも明らかにされ、凝固因子と補体の相互作用についても知見が集積されている1)。補体が細胞膜を攻撃すると、溶血の有無にかかわらず、凝固系が活性化する。そのため赤血球PNHクローンが少なく溶血が進まない場合でも、血液凝固が進行して血栓が形成される可能性がある。活性化した血小板が好中球を刺激し、活性化した好中球がセリンプロテアーゼを放出し、外因系経路を活性化して血液凝固を促すことも指摘されている。さらに組織因子経路インヒビター(TFPI)の阻害も、凝固系の活性化を引き起こす。TFPIの活性はGPIアンカー型膜蛋白と関連しており、GPIが欠損したPNH患者ではTFPIの活性は障害され、凝固系が亢進しやすくなっている。
また、PNH患者では溶血とは独立して、C5が活性化する。C5aは白血球からの組織因子の放出、内皮細胞からのvon Willebrand因子や接着分子、サイトカインの放出を促し、血栓形成を促進する。
最近では補体活性化の第四の経路としてトロンビンが注目されており、トロンビンはC3とC5を独立して活性化することがわかっている。

エクリズマブによる血栓症の抑制

PNH患者では血栓症の予防を目的に抗凝固薬が投与されるが、抗凝固薬投与例でも血栓症の発症率は高い2)。これはワルファリンやヘパリンだけでなく、作用機序から考えて直接作用型経口抗凝固薬でも同様だと考えられる。エクリズマブはC5に結合して補体複合体の形成を阻害し、補体活性化を抑制することで、溶血を防ぎ、血栓症の発症を抑制する。実際にPNH患者では、エクリズマブを投与することで、血栓症の発症リスクは約85%抑制された2)(図)。
血栓症の既往のあるPNH患者がエクリズマブ投与を開始したときに、抗凝固薬は中止してもよいのだろうか。英国では慎重を期して、安全性・忍容性に問題がなければ抗凝固薬を継続することを推奨している。しかし、血球減少や出血、胃静脈瘤などが認められる場合には抗凝固薬を中止する。

表 血栓症患者でPNHのスクリーニング検査を行うことが望ましい場合

表 血栓症患者でPNHのスクリーニング検査を行うことが望ましい場合

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図 エクリズマブによる血栓症抑制効果

図 エクリズマブによる血栓症抑制効果

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References
1) Hill A, et al. Blood 2013; 121: 4985-4996
2) Hillmen P, et al. Blood 2007; 110: 4123-4128

監修者のコメント

血栓塞栓症はPNHに特徴的な合併症である。欧米では、約40~50%に合併するとされているが、日本をはじめとする東アジアでは発症頻度が低いことが知られており、本邦の報告では合併率はおよそ10%とされている。なぜ人種により発症頻度が異なるのかについては、まだはっきり解明されていないものの、血栓塞栓症はPNHの主要な死因の一つであり、特に初発の血栓イベントは死亡リスクを5〜10倍高めるとされていることから、早期診断がキーポイントとなる。PNHの推定有病者数は100万人あたり3.6人と希少疾患に位置付けられており、日常診療で遭遇する機会こそ多くはないものの、説明のつき辛い若年者の血栓症を診た際には、忘れずに鑑別診断に入れていきたい。

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